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船原古墳の基本情報

発見の経緯

平成25年3月、古賀市谷山のほ場整備に伴う谷山北地区遺跡群の発掘調査で、古墳時代の馬具を多量に納めて埋めた土坑が発見されました。その後の調査で、出土した馬具の質及び量、出土した状況からわが国でも稀に見る学術的価値の高いものであることがわかりました。

船原古墳遺物埋納坑の位置

平成24年からの調査で発見された船原古墳遺物埋納坑は、平成8(1996)年に発掘調査が行われた船原古墳の石室入口から約5m西に位置します(下の写真、赤い○で囲んだ範囲)。 埋納坑はその位置関係から船原古墳に関連したものと推定されます。
また、調査区域内における古墳時代の遺構の分布が古墳周囲に限定されることも、この古墳との関連を裏付けています。


船原古墳

船原古墳遺物埋納坑の主な出土遺物と出土位置

埋納坑からは、その床面いっぱいに置かれた各種馬具等が発見されました。現在種類が判明している出土品とその出土位置は以下のとおりです。


船原古墳遺物埋納坑の主な出土遺物と出土位置


1 鉄製壺鐙(てつせいつぼあぶみ) 9 馬鈴、金銅製歩揺付飾金具(こんどうせいほようつきかざりかなぐ)
2 金銅装鞍(こんどうそうくら) 10 金銅製歩揺付飾金具
3 金銅製辻金具(こんどうせいつじかなぐ)、金銅装鏡板付轡(こんどうそうかがみいたつきくつわ) 11 蛇行鉄器(だこうてっき)、金銅装鏡板付轡
4 弓群 12 蛇行鉄器(だこうてっき)、鉄鏃束
5 馬冑(ばちゅう) 13 金銅製歩揺付飾金具
6 挂甲(けいこう) 14 金銅製鈴、金銅製金具
7 鉄鏃(てつぞく)束 15 金銅製雲珠(こんどうせいうず)、金銅製辻金具、金銅製鈴、金銅装心葉形杏葉(こんどうそうしんようけいぎょうよう)
8 銅鈴 16 鉄鎌、鉄製鋤先(てつせいすきさき)

赤:有機質遺物青:金銅製品、黒:鉄製品

船原古墳遺物埋納坑の意義

本来馬具は馬に乗るために装着するものです。轡、鞍、鐙がそろって初めて実用品としての意味があります。また、金銅など用いて豪華に飾った馬具は飾り立てた馬を見せるのも目的と思われ、一部だけではあまり意味をなしません。
そうであれば、出土するときもそろっていて当然のように思われますが、完全なセットで出土することはめったにありません。盗掘や追葬(ひとつの埋葬施設が複数回にわたって使用されるときの2回目以降の埋葬のこと)の際の整理や清掃によって欠損が生じていたり、最初から一部しかなかったものと考えられています。


考古学は物を通じて当時の生活や歴史を研究する学問ですから、セットの内容が揃った資料はきわめて貴重です。
また、豪華な馬具は使用した人物の地位(=当時の社会における影響力)を示しており、当時の社会の動きを解明する研究のための第1級資料です。
本資料は、以上の条件をよく満たしており、研究の資料としては最良のものです。


さらに、出土した状況が重要となります。これまでの出土例の大半は古墳の埋葬施設からのものでした。わずかながら古墳以外から出土した例はあるものの、古墳に葬られた人物のために馬を供えた(殉葬)ものと考えられてきました。しかし、本資料は古墳の外側から発見されており、現在の状況では馬が葬られた痕跡はありません。
したがって、数量(セットが揃うこと)、質(豪華な装飾を施したもの)ともに優れ、また、出土状況が特異(古墳外に馬具のみを埋納)な点とあわせて、日本初の発見となりました。

船原古墳について

平成26・27年度の再調査により、船原古墳は全長45m以上と推定される前方後円墳であることが明らかになりました。
出土遺物等の検討から、古墳は6世紀末から7世紀初めに造られたものと考えられます。被葬者を埋葬した部屋は、巨石を用いた横穴式石室でした。盗掘を受けたため石室内からの出土品はわずかでしたが、金銅製の装飾品からは葬られた人物の地位の高さがうかがわれます。


  • 船原古墳全景(南東から)
    船原古墳全景(南東から)
  • 船原古墳全景(上空から)
    船原古墳全景(上空から)
  • 船原古墳出土金銅製品
    船原古墳出土金銅製品
  • 船原古墳出土金銅製品の拡大
    船原古墳出土金銅製品の拡大

国史跡とは?

船原古墳は国史跡に指定されています。「史跡」とは、数ある遺跡のうち、歴史上または学術上価値が高いと認められ保護が必要なものとして指定されるものです。
中でも「国史跡」は、国に重要と認められた史跡であり、古賀市では初となります。

なぜ「国史跡」なの?

船原古墳は、6世紀末から7世紀初頭に造られた、現存長37.4m、復元全長45m以上の前方後円墳です。また、古墳に隣接して発見された遺物埋納坑からは、多数の豪華な馬具をはじめ、総数500点を超える出土品が見つかりました。


船原古墳は、古賀市で発見された初めての前方後円墳です。さらに、遺物埋納坑から見つかった出土品の中には、国内初の発見であるガラス製の飾りが付いた雲珠・辻金具や、国内3例目となる馬冑など希少なものが含まれていることが分かりました。それらの出土品の類例は、朝鮮半島のみであるいは朝鮮半島で多く確認されています。また、古墳の石室内ではなく墳丘の外に掘った土坑に多量の品々を埋めるという例自体、国内初のものです。


以上のことをふまえると、船原古墳の発見は、宗像地域と福岡平野の間にあってこれまで前方後円墳が発見されていなかった古賀市域の位置付けを変えるものと考えられます。また、当時の古賀市域がヤマトの中央政権あるいは朝鮮半島とどのような関係にあったのかを解明するためには、船原古墳が極めて重要な手がかりになると考えられます。このことが国に認められ、今回の国史跡指定となりました。

遺跡の見学はできるの?

現地は調査が終了し、遺物埋納坑は埋め戻しているため見られません。また、古墳の石室も公開しておりません。史跡内には立ち入ることができませんが、柵の外から古墳の外観をご覧いただくことはできます。
現地へのアクセスについては、下記のマップをご覧ください。現地にお越しの際は、マップ記載の注意事項をお読みの上、近隣へのご迷惑にならないようにご配慮のほどお願いいたします。
船原古墳へのアクセスマップはこちら

このページに関するお問い合わせ先

文化課(リーパスプラザこが内)
文化財係
電話:092-940-2683
FAX:092-944-6215
〒811-3103 福岡県古賀市中央2-13-1


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