ひと育つ こが育つ
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玄武岩の自然石に阿弥陀如来像がすじ彫りされ、手は上品中生(説法印)印を結んでいる。建長7(1255)年の銘あり。総高1.4m。
考古資料:阿弥陀如来像板碑
昭和33年11月13日指定 筵内バス停より東に徒歩10分 熊野神社の224段の階段を登りつめた境内に鎮座。
熊野神社の阿弥陀如来像板碑と久保田家屋敷の磨滅して不明の像(千手観音)の3基の一つで、昔筵内に疫病が流行した際に大根川の岸に建てられていたのが洪水で流され、後にそれぞれが現在地に移されたと伝えられている。
考古資料:薬師如来像板碑
昭和33年11月13日指定 筵内バス停より西に徒歩10分 蛍ケ丘団地の大根川沿いに鎮座
薬師堂への石段を登ったところにあり、樹齢約300年、胸高周囲4メートル、高さ20メートルあり、花は紅色で花ビラはない。葉に大きな虫えい(袋状の虫こぶ)を作り、成虫が出たあとの穴を吹くとヒョウヒョウと鳴る。
天然記念物:清瀧寺のイスノキ
昭和54年3月6日指定 薦野バス停より東に徒歩20分 清滝の清瀧寺境内に繁茂。
社叢にはブナ科スダジイとイチイガシを中心に群生しイチイガシの大きなものは千年以上を経ており、胸高周囲約4メートル、高さ30メートルある。
天然記念物:小山田斎宮の社叢
昭和58年3月19日指定 小山田バス停より東に徒歩7分 長勝禅寺隣の小山田斎宮境内にスダジイ等、群生
永浦古墳群(鹿部)は5世紀前半に築造され、現状で4基の古墳から構成されています。
4号墳は墳径20メートル前後の円墳で、埋葬施設からは、被葬者の人骨と共に甲冑を中心とした極めて優れた内容を誇る典型的な古墳時代中期の副葬品が出土しました。
考古資料:永浦遺跡4号墳出土品
平成17年10月5日指定 古賀市歴史資料館に展示
馬渡・束ヶ浦遺跡の弥生時代前期末から中期前半ころの甕棺墓(かめかんぼ)・木棺墓(もっかんぼ)からは副葬品として細形青銅武器の銅剣3、銅戈(どうか)1、銅矛(どうほこ)、銅釧(どうくしろ)5、勾玉(まがたま)1、管玉(くだたま)30、鉄剣1が出土し、青柳地域が有力集団の拠点であったことを裏付けるものです。
また遺物の状態も良好で、当時のクニの発生や埋葬状況などを知る上でも貴重な資料です。
考古資料:馬渡・束ヶ浦遺跡墓地群出土品
平成20年3月31日指定 古賀市歴史資料館に展示
鹿部田渕遺跡から6世紀中頃から7世紀初頭頃まで使われた大型の建物群が見つかりました。これは建物をL字に配置した企画性の高い建物群で、東西を溝で区画しています。この建物群は、糟屋屯倉(かすやのみやけ)と同時期の公的な性格の強い施設として、糟屋地域の玄界灘沿岸に所在していることから糟屋屯倉の候補地となりました。
指定史跡:鹿部田渕遺跡 平成21年7月31日指定
古賀市美明地内で歴史公園として整備
文化課(リーパスプラザこが内)
古賀市立歴史資料館
電話:092-944-6214
〒811-3103 福岡県古賀市中央2-13-1